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明治以降に作られた「日本的秀才」はもう要らない

■【富国強兵】【殖産興業】政策推進のために作られた“日本的秀才”はもう要らない。

今後求められるのは“プロアクティブ”な人材だ。

 

親や先生、上司の言うことに素直に従って黙々と努力する人間は社会が成長局面にあるときは有用だ。

日本でいえば明治維新から平成の半ばぐらいまではね。

しかし、自然災害にしても技術革新の速度にしても、世界情勢や社会の変化にしても過去の経験則が活きない事態が頻発している。

そんな時に「上意下達」「年功序列」「新卒一括採用」「偏差値至上主義」のような旧来の【勤勉で真面目が取り柄】の人では時代の荒波を乗り越えられない。

何故なら過去に答えを求められないのだから。

 

■今こそプロアクティブな人材を肯定的に評価すべき時代

 

プロアクティブ(proactive)とは、行動などが先を見越した、事前に行動を起こした、先回りした、積極的な、前向きな等の意味をあらわす形容詞で、総じて【主体的】とも訳されます。

過去に答えを求められない正解の無い課題に取り組まなければならない時代であることは誰もが感づいているはずです。

ならば、老若男女を問わず、果敢にチャレンジする人が失敗をしても責めない組織づくりが【プロアクティブ人材】を育てるために必須です。

頭ではわかっているのに相も変わらず【先例に囚われている】のは何故なのでしょうか?

歴史に名を残した偉人の多くは【プロアクティブ人】であり、その当時は奇人変人扱いをされました。

人は、自分の理解を超えた領域や考えに反発する傾向が強いです。

しかし、過去の経験が役に立たない時代だからこそプロアクティブな人材の登用や育成に努める必要があります。

特に資源に限りのある中小企業こそ求められていると私は考えます。共にプロアクティブな組織を作っていきませんか?