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1883年10月26日にこの男が生まれて世界は変わった

【人の“可能性という獣”を鼓舞し続けるために捧げた生涯】

 

1883年10月26日 アメリカ合衆国バージニア州ワイズ群という田舎に一人の男が生まれた。のちに「思考は現実化する」の著者として有名になるナポレオン・ヒル博士である。

幼くしては母を亡くしたこともあり近所では悪ガキで有名だったらしいが、10歳のころにやってきた継母の情熱に支えられて更生し、新聞記者となる。

25歳の時に取材のために当時、世界一の富豪と称された鉄鋼王アンドリュー・カーネギーに合ったことで人生が大転換した。

学費を稼ぐためのバイト記者だったのだが、カーネギーから「成功哲学」の体系化の依頼を受けたのがキッカケだった。

条件は500人余りの成功予備軍を紹介するから20年観察して彼らの成功要因を抽出して体系化して欲しい。ただし、このプロジェクトの金銭的援助は一切なしというものであった。

しかも、カーネギー自身はほどなくして天に召されてしまったのだ。

兄妹や親族、知人・友人からはバカ扱いされたらしいし、その日の食費にも事欠く生活に陥ったり、ギャングに追われて潜伏生活を余儀なくされるなど数多の辛酸を舐めさせられてもきたらしい。

そんな博士が大恐慌のショックから回復しきれない1938年にアメリカで出版した「思考は現実化する」(原題 Think and Growrich)がベストセラーとなり、アメリカ人に勇気と希望を取り戻させたとされる。

第二次世界大戦後に半ば隠居していたヒル博士の下に一人の富豪の男がやってきた。

現在のAonグループの創始者で当時、やり手のビジネスマンとして名をはせていたW・クレメント・ストーンです。

彼は博士に私は「思考は現実化する」を読んで成功できました。

この素晴らしい教えを世界中にも広めるためにも財団を創り、講演活動を本格化させましょうと提案した。

ヒル博士は条件としてクレメント・ストーンが自分の秘書になることを出しました。

そして、1970年に亡くなるまで精力的に執筆や講演を繰り返し、多くの門下生を輩出しました。

博士の生涯はまさに“人の可能性という獣”を目覚めさせるために捧げられました。

今年、長者番付1位に返り咲いたビル・ゲイツも当然に博士の影響を受けています。

#思考は現実化する は不変で普遍です。研修等承ります。