
■中国古典を蔑ろにしてはいないか?
欧米的なもの、流行りのテクニックやスキルを重要視して、現代は大切な“本質”を忘れていないか?と思い書きます。
かつての東アジアの漢字文化圏では「四書五経」と言われる中国古典が教養の書とされ、役人や為政者は我先にと学んだものです。
代表例は【論語】です。
今は漢文の時間に少し習い、歴史の授業で言葉に触れる程度ではないでしょうか?
その中には【五常(五徳)の教え】があります。
■五常とは?
五常は、仁・義・礼・智・信を指す言葉です。
・仁…人を思いやることであり、孔子は最高の道徳と説いた。最も会得しがたいと。「私心を克服して礼を重んじることが仁である」と喩えています。
また、「己の欲せざるところ、これを人に施すなかれ」という黄金律も仁になります。
・義…利欲にとらわれず、為すべきことをすること、正義。利とは対立する考え。
・礼…仁を具体的な行動に表したもの。上下関係で守るべきこと。
・智…道理をよく知り得ている人。知識豊富な人。
・信…友情に厚く、言明を違えず、信実を告げ、約束を守り、誠実であること。
■君子と大人
論語に於いて孔子は君子とは「重厚な雰囲気で威厳がり、学問を愛し、頭が柔軟で、忠と信の心を大切にし、自分とレベルの合わない者を友とはせず、過ちは即改められる人」(俺的意訳)だと言っています。
辞書的には君子とは「人格者・立派な人・紳士」を言い、転じて高位や高官の職にある人も指すようになりました。
君子の類義語には大人があります。
大人とは、文字通り体の大きい人を指しますが、辞書的には「一人前の人間・徳の高い立派な人・度量のある人・大人物・地位や身分の高い人」という意味もあります。
#コロナ騒動 により首長や各国リーダー、経営者等の #リーダーとしての器 が否応なしに試されていますよね。 今こそ #温故知新 ではありませんが悠久の時を超えてきた #中国古典 から我々は学ぶ時ではないでしょうか?
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