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武士の矜持と孫子の兵法を織り交ぜて攻める大河ドラマ

■戦国時代好きで織田信長好きの私も納得の桶狭間の戦い。

従前のドラマやゲームでは今川義元は麻呂  とかいう公家趣味のいかにも負けそうな殿様に描かれるが、今回の義元公は“街道一の弓取り”の二つ名に相応しい大大名然と描かれていて良かった。

しかも、敗残兵からの物盗りや狼藉などの“乱取り”を戒める武士としての矜持も家臣に求めていたのが好感が持てる。

・矜持(矜恃が本来の字らしい)…読みはキョウジ。意味は「自分の能力を優れたものとして誇る気持ち。自負。プライド」のことである。

つまり、義元は今川家の家臣としての誇りを持て、盗人みたいな卑しいことはするな!と一喝したのである。

 

■単なる奇襲攻撃ではなく、きちんと孫子の兵法を実践していたことを描いた桶狭間の戦い。

これもゲームや小説のイメージが先行するのだが、織田信長は確かに今川の1/10 程度の戦力しかなかったけど、決してトリッキーな奇襲攻撃で勝ったわけではなかった。

孫子の兵法の教科書通りの綿密な戦略で桶狭間に勝利したことは歴史好きなら誰もが知っている。

それを如何なく今回の大河では描いてくれた。

・敵を欺くには味方から…信頼のおける家臣以外には籠城すると吹聴する→忍び込んでいるスパイを欺くため。

出陣前の敦盛の舞もそう。

・事前に家康の母を通じての工作…敵勢力の切り崩し。

・敗走と陽動…簡単に砦を放棄して敵方を自軍に有利な内地に引き込んだり、陽動を仕掛けることで敵の戦力を分散化させた。

*これは後の皇帝ナポレオンがロシア遠征で負けた時やナチスのロシア侵攻が失敗に終わった時、大東亜共栄圏で戦線が拡大した日本軍にも言えるミスである。

・徹底した情報収集…常に今川軍の動向を探りタイミングを待った。

・攻撃目標の明確化…敵の総大将の首だけを狙った。

以後、信長は22年間日本の戦国時代の中心となるわけです。

竹中半兵衛や黒田官兵衛といった軍師も彼に加わることを考えれば信長自身が緻密な戦略家であったことは紛れもない事実です。

#バカ殿 では #優秀な家臣 が来るわけも抱えられるわけもありませんよね? #戦略 と #人心掌握術 と #矜恃 は現代であっても #上に立つ者 にとって必須の素養ではないでしょうか?